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2009年5月

殺人等:藤城康孝 悪化する近隣住民との関係(2)

http://tk84.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/1-1bee.html
こちらのつづきです

被害者のとし子さんについてです。
「昭和20年の財産分けのとき、土地を配分されるはずだったが、実行ならず先祖が死亡。そのまま土地はとし子に受け継がれました。
被告人は母から、とし子がそうさせなかったと聞いていました。
とし子は被告人の両親に、被告人の住む家屋をひっぱって移動させろ、など、無理な要求をしたり、また、両親はとし子から『選挙に行かないならここから出て行け』などと言われたりしていました。
またとし子は、バキュームカーのホースを入れるための穴がある場所にガラクタを置いたり、被告人が花火をすると『勝手な事をするな』と叱りつけたりしていました。
被告人が中学1年生の時、当時大学生の勝則が自宅で少林寺の練習を観ていて、その流れで腹を蹴られたりしました。このとき被告人はいじめられたと強い怒りを抱きます。
高校時代、弟が義久を殴った時、殴り返すと、ムリヤリ謝罪をさせられました。
そのため、被告人は、とし子一家が、本家の権威をかさに着て、被告人家族を見下していると思っていました。また、父が家にいて定職につかないことなどを見下されていると感じていました。
ある日、抜いた草を散らかしたままのとし子について被告人が文句を言うと、『文句があるなら出て行け』と言われたこともあるようです」

検察が言っているので、おそらくとし子さん一家からのそのようなイヤガラセについて検察は争っていないようです。

ちなみに、被告人宅は、本家のとし子さん宅の敷地内にありました。

「平成7年、被告人宅のペンキを塗り替え中に、とし子が様子を伺っていたのを目にします。修理にも本家にことわりを入れろと言われているような気がしていたところ、勝則の声がして『代わりに言うてくれへんか。あいつはカッとなったら何するか分からん』と被告人のことを言っていました。これに立腹した被告人は、庭に向け、屋根の上から金づちを放り投げました。
このように被告人はとし子と、その家族に強い憎しみを抱いており、また、とし子一家が、分家の被告人一家を嫌悪していたことは被告人の思い込みではありません。
義久の妻は、義久が被告人を嫌悪していたと述べています。
挨拶に行かなくていいのかと義久に妻が訊ねた時、『ええねん。オヤジの弟の家とは付き合いがない。康孝っていうアホがおんねん』と言っていたことや、義久が『隣のアホが、犬の鳴き声がウルサいと怒鳴り込んできた。康孝や』と言っていたことを述べています。
また『私だけ父の土地を分けてもらってない』という家族に対してとし子が『西隣をあげる』と被告人宅を譲るという話をしており、被告人を軽んじる言動をしていました。
被告人がとし子一家から見下されていると感じたのも無理はありません」

なんというか論告なのに、、、被害者の生前の行動についてこのように書くのは気が引けます。


若干まとめつつ進めますと、

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殺人等:藤城康孝 加古川七人殺し意見陳述と論告(1)

【被告人名】藤城康孝
【日時】2009/02/26 1330~
【場所】神戸地方裁判所
【罪名】殺人、殺人未遂

前回、わざわざ新幹線で赴いた神戸地裁、なのに5分で終了し、ショックをうけたときのようすはこちら
http://tk84.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-0010.html

そして事件についてはここなどを…。
http://yabusaka.moo.jp/kakogawa7.htm


再びの神戸。この日は論告です。

こんな事件なのに傍聴人もまばらなので、ゆっくり法廷に入れます。
ここが東京だったら…と思うと身震いします。
絶対傍聴券だしプラチナチケットになるよ…


被告人はいつものように短く刈り上げた坊主頭に緑色のフリース、黒のジャージという出で立ちでした。
そして、なぜかマスクをしていました。
この裁判は2月でしたが、まさか昨今のパンデミックを予言していたのでしょうか…藤城さん恐るべしです。

裁判が始まりました。
論告に先立ち、ご遺族から書面での意見陳述が行われました。
検察官が読み上げます。
どういう立場の方の意見陳述かは、文面から察していただけるとありがたいです。

1人目の方です。
「わたしは事件後、3ヶ月入院し、2回手術をしました。
そして2年後、3回目の手術をして、ようやく社会復帰しています。
まだまだ体のハンデはありますが、落ち着いて来ました。夫の事、人生最後の瞬間を思い出す事があります。
そして夫の、生きていたいという思いと、恐怖と、腹立ちを思います。
特に、こんなことをされる理由もないし、もめる理由もありませんでした。
残された私の子供達は、人の目を気にせず生きていけるようになってほしいです。
殺人を犯して正しいわけはありません。法律で裁かれるのは当然です。8人が犠牲になって、許されるわけはありません。
1日も早く極刑になることを望みます」

2人目の方です。
「事件から4年6ヶ月が過ぎ、2回の精神鑑定が行われましたが、いまだに、なぜ、父が殺され、母が重傷を負わされたのか分かりません。
平成16年まで、普通の家庭だったのに、あの日以降生活が一変しました。
被告人と近隣住民がもめていたことは、全く知りませんでした。最悪な事態になっていたことを、裁判記録で知りました。
8月2日の3時、電話で目が覚めました。
父の話し声から、電話の相手は祖母だと分かりました。父は様子を見に行き、110番通報するというので、私も行きました。
祖母の家の玄関には血が散乱していました。
父の、階段を上がる背中に『警察が来るまでそこにいろ』と言えなかった事が悔やまれます。
このとき、パトカー2台が通り過ぎました。
私は祖母の血を拭くためにタオルを取りに戻る時、母とすれ違いました。
母のすごい悲鳴が聞こえました。
私は自宅にもどって鍵をかけましたが、外からは母の悲鳴と、父の、うぉ〜という叫びが聞こえました。
外に出ると道路には祖母の黒い血が水たまりのようになっていて、母は血まみれで担架に乗せられました。
警察に父のことを尋ねましたが、返事はありませんでした。
葬儀の時に父の顔を見ましたが、顔がむくんで赤黒く変色していました。
病院で意識を取り戻した母の一声は『お父さんは?』でしたが、違う病院にいる、ととっさに嘘をつきました。

被告人は反省していません。あのとき、近隣住民が被告人を挑発しなければ、そして、通り過ぎた2台のパトカーが止まってくれたらと、悔やまれてなりません」


2台のパトカーが犯行時に現場を通り過ぎていた事が分かりました。
なんということでしょう…
現場の前の道は、細くて、事件現場は通りに面しているので、何か異様な様子であればすぐに気づくと思うのですが…兵庫県の警察はなにをしているのでしょうか。

いらだちも沸きますが、論告です。

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「君のブログは言い訳ばっかりだな(笑)!」

とは、本日お会いした今井さんのお言葉であります!
そう、更新できないと言い訳しつつ、何ヶ月が経った事でしょう…笑
って笑えません

そんなわけで、今、せっせと傍聴記を書いております
ひさしぶりに時間があるのです
ステキな金曜日を過ごしています
Youtubeとかタモリ倶楽部で寄り道しないよう、自分を戒めます


で、今日は今井さんとご一緒だったのは
「平成21年度講談社出版文化賞 各賞贈呈式・祝賀会」
という、ものものしいイベントにご一緒したからであります
もちろん私が何かを受賞したということは全くなく、宮崎学さんの代理で行かれる今井さんの付き添いというかんじです
一緒においしいご飯をたらふく食べようという算段です

都内の豪華なホテルで色々飲み食いして帰って来ました


話はガラッと変わりまして、自分は「こうしろ」と何かを要求される事に関してはまんざらでもないのですが「これをやるな」と言われることには激しい抵抗を感じるようです
わたしの通っていた中学校は北九州イチ、ガラの悪い学校でありまして、そして、それに対抗するかのように、校則は厳しいものでした
あれもダメ、これもダメ、そんなかんじで、先生達も必死です
しかし、ダメと言われるとやりたくなるのが人情…
そのせいで母校が北九州イチのガラの悪さを誇っていたのではないかと思う程です
何かを禁止されるということは田舎者のヤンキースピリットをかき立てます
その、わき上がる衝動を抑えるのが辛いです

何が言いたいかと言いますと…
現在、タバコ禁止令が出ていて、辛い、、、、という、ただそれだけです
いつも世間話をするなじみのタバコ屋とも疎遠になるのが辛い、、、それだけです

あっまたつまんない更新しちゃいましたが、ではまた〜

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どうもどうも

清水大志の判決の日、ありえないアクセス数を記録していた当ブログです(怖かったです) こんばんは
傍聴記が止まっているので心苦しい限りでした
あまりに更新していないので近況などを…(相手の期待に応えようとがんばるタイプですが空回り気味です)

原稿が一段落したとおもっていたら会社のお仕事の締め切りに追われ、日曜の夜だというのに自宅でせっせと仕事をしている始末です
そんな状況なのに、最近ゲームにハマっています
いまさらDSマリオカート、そしてケータイのお絵描きロジック…
今日なんか4時間くらいお絵描きロジックしてました
もはや生活に支障をきたしています
裁判所のロビーでもせっせとお絵描きロジックにいそしんでいます
そりゃ仕事もたまりますね…


ゲームにハマる私をよそに時間は刻々と過ぎてゆき、気づけば、ついに21日、裁判員制度が始まってしまうみたいです
しかし、5月21日といえば、殺人マニアが忘れてはならない非常に重要な日でありまして、この日は津山三十人殺しが起こった日であります
(今年で71年目です)
発生日に合わせて現場に行きたかったですが、ちょっと無理そうです


先週はいつも傍聴している裁判を見に、仙台へ行ってきましたが、なんと5分で終わりました
ドーハの悲劇じゃなくて神戸の悲劇、再び…といったかんじで、しばし呆然です
また5分に往復2万もかけちまったぜ…
ショックのあまり友達に慰めてもらおうと、メールしてしまう程でした


そんなかんじで、食中毒もおさまり、なんとか元気にやっています
今度の週末こそ、更新したいです
ひっぱり続けてすみません

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熱海の裁判所

いっぱい更新しようとおもっていたのですが、謎の下痢&嘔吐&貧血&発熱、と、どうも何かの食べ物にあたったような症状で、なにもできずにいます

おやすみなのに、ツイてないです


まだ元気だった頃?に熱海に行って来たので、裁判所に立ち寄ってきました

ジャ〜ン

R0012479

熱海簡易裁判所&静岡家庭裁判所熱海出張所 で〜す


LG21食べて早く治します!

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